民法(法令ID:129AC0000000089)に基づく後見制度は、判断能力が低下した人の財産管理や法律行為を支援するための仕組みです。現行制度は、家庭裁判所が後見人等を選任する法定後見(後見・保佐・補助の三類型)と、本人があらかじめ後見人と権限を決めておく任意後見(根拠法:任意後見契約に関する法律、法令ID:411AC0000000150)の二つに大別されます。条文全文は法令全集の民法ページおよびe-Gov法令検索で確認できます。認知症、知的障害、精神障害等を持つ本人やその家族、後見業務に携わる専門職、福祉・医療機関の関係者が参照する制度です。この記事では、e-Gov掲載の条文と法務省・最高裁判所・厚生労働省の公表資料に基づき、現行の後見制度の構造と、2026年4月3日に閣議決定された民法改正案の内容を整理します。
民法が定める後見制度の全体像と二つの類型
後見制度は、民法の中で第4編「親族」に規定されています。民法は第838条において「後見は、次に掲げる場合に開始する」と定め、第1号で「後見開始の審判があったとき」、第2号で「未成年者に対して親権を行う者がないとき、又は親権を行う者が管理権を有しないとき」を挙げています。この規定から分かるように、後見制度には成年後見(成人に関するもの)と未成年後見(親権者がいない未成年者に関するもの)の両方が含まれます。実務上は成年後見の場面が多く議論されますが、民法上は両方を包括する制度です。
成年後見には、家庭裁判所の審判による法定後見と、本人が事前に契約を締結する任意後見の二つの経路があります。
法定後見は民法第7条・第11条・第15条を根拠とし、本人の判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の三類型に分かれます。いずれも家庭裁判所への申立てによって始まり、家庭裁判所が個々の事案に応じて後見人等を選任します。
任意後見は、本人が判断能力のあるうちに、将来判断能力が低下した場合に備えて、信頼できる人(任意後見受任者)と公正証書によって任意後見契約を締結しておく制度です。根拠法令は任意後見契約に関する法律(平成11年法律第150号)であり、実際に本人の判断能力が低下した後に家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで契約が効力を持ちます。
| 制度の種類 | 根拠法令 | 後見人等の決め方 | 監督人 |
|---|---|---|---|
| 法定後見(後見) | 民法第7条以下 | 家庭裁判所が選任 | 必要に応じて選任 |
| 法定後見(保佐) | 民法第11条以下 | 家庭裁判所が選任 | 必要に応じて選任 |
| 法定後見(補助) | 民法第15条以下 | 家庭裁判所が選任 | 必要に応じて選任 |
| 任意後見 | 任意後見契約法 | 本人があらかじめ指定 | 全件で選任(必須) |
成年後見制度は2000年(平成12年)に現行の形に整備されました。それ以前は「禁治産制度」と呼ばれる仕組みがあり、1999年(平成11年)の民法改正によって現行の制度へと移行しました。以来、認知症高齢者の増加や障害者の権利擁護の観点から、利用の拡大と制度の見直しが繰り返し議論されています。
法定後見の三類型:後見・保佐・補助の判断能力基準と権限の差
法定後見の三類型は、本人の判断能力の程度によって使い分けられます。それぞれ、対象者の状態、申立権者、後見人等に付与される権限の範囲が異なります。
後見(第7条〜第10条) 後見の対象は「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」です(民法第7条)。常に判断能力が失われている状態の人が対象であり、重度の認知症や重度の知的障害のある方が典型です。後見開始の審判を受けた本人を「成年被後見人」といい、選任された「成年後見人」は、日常生活に関する行為を除く財産に関するすべての法律行為について代理権を有します(民法第859条)。また、成年被後見人が行った法律行為は、日常生活に関する行為を除いて取り消すことができます(民法第9条)。
保佐(第11条〜第14条) 保佐の対象は「精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な者」です(民法第11条)。判断能力はある程度残っているが重要な法律行為については支援が必要な状態の人が対象です。「保佐人」には、民法第13条第1項に列挙された重要な財産行為(借金・不動産の処分・訴訟行為など)について同意権と取消権が付与されます。代理権は、申立てにより家庭裁判所が審判で定めた行為についてのみ付与されます(民法第876条の4)。
補助(第15条〜第18条) 補助の対象は「精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な者」です(民法第15条)。三類型の中で最も判断能力の低下が軽度な段階です。「補助人」には、家庭裁判所が審判で定めた特定の行為についてのみ、同意権・取消権または代理権が付与されます(民法第17条・第876条の9)。補助の開始には本人の同意が必要とされています(民法第15条第2項)。
| 類型 | 対象者の判断能力 | 後見人等の権限 |
|---|---|---|
| 後見 | 欠けているのが通常の状態 | 財産全般の代理権・取消権(日常行為を除く) |
| 保佐 | 著しく不十分 | 民法13条1項の行為の同意権・取消権、申立による代理権 |
| 補助 | 不十分 | 審判で定めた特定行為の同意権・取消権または代理権 |
これらの権限のうち、「代理権」は後見人等が本人に代わって法律行為を行う権限、「同意権」は本人が一定の行為を行う際に後見人等の同意を要する権限、「取消権」は本人が行った一定の法律行為を後見人等が取り消す権限です。三者は機能が異なり、個別の場面でどの権限が問題になるかを確認することが重要です。
家庭裁判所への申立:要件・書類・費用
法定後見を開始するには、家庭裁判所に後見・保佐・補助のいずれかの開始審判を申し立てる必要があります。申立先は本人の住所地を管轄する家庭裁判所です。
申立権者は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人、検察官、市区町村長(老人福祉法・知的障害者福祉法・精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に基づく)です(民法第7条等)。身寄りのない高齢者については市区町村長が申立権者となる場合があります。
申立に必要な主な書類は、申立書、申立人・後見人等候補者・本人の戸籍謄本、本人の住民票または戸籍附票、本人の診断書(家庭裁判所所定の書式)、財産目録および財産に関する資料、本人情報シート(医療・介護等の情報)などです。これらに加え、個々の事案によって追加書類が求められることがあります。
申立費用の目安は次のとおりです(最高裁判所の公表資料に基づく)。
| 費用の項目 | 金額の目安 |
|---|---|
| 申立手数料(収入印紙) | 800円 |
| 登記手数料(収入印紙) | 2,600円 |
| 切手代(予納郵便切手) | 家庭裁判所による(数千円程度) |
| 鑑定料(必要な場合) | 多くの場合10万円以下(事案による) |
| 各種証明書取得費用 | 数千円〜数万円程度 |
鑑定は、医師が本人の判断能力について意見書を作成するもので、全件に必要なわけではなく、家庭裁判所が必要と判断した場合に実施されます。申立から審判まではおおむね1か月から2か月程度かかりますが、鑑定が必要な場合はさらに期間が延びます。
申立後は、家庭裁判所の許可なく取り下げることができません。また、申立書に候補者として記載した人物が必ず選任されるわけではなく、家庭裁判所が本人にとって適切な人物を選任します。
後見人等の権限と職務:財産管理と身上保護
成年後見人等(後見人・保佐人・補助人)の職務は大きく「財産管理」と「身上保護」の二つに分けられます。
財産管理は、本人の財産を把握・管理し、必要な支出を行い、収支を記録する職務です。後見開始後はまず財産目録を作成し、預貯金、不動産、有価証券等の財産状況を家庭裁判所に報告します。その後も定期的に財産状況の報告(後見事務報告)を行います。後見人は、本人の財産を適切に管理する義務を負い、自己の財産と混同することは禁止されています。
身上保護は、本人の生活・療養・介護に関する法律行為を行う職務です。民法第858条は「成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない」と定めています。介護サービスの契約手続き、入院・施設入所の手続き、診療の同意に関する調整などが含まれます(ただし、医療行為に対する同意権は後見人に明示的には付与されておらず、実務上議論がある点に留意が必要です)。
後見人に就任できる者に法令上の資格要件はなく、個人(親族・専門職)のほか法人(社会福祉法人・公益法人等)も後見人になることができます。ただし民法第847条は欠格事由を定めており、未成年者、家庭裁判所で免ぜられた後見人等、破産者、被後見人に対して訴訟をした者またはその配偶者・直系血族、行方の知れない者は後見人になれません。
後見人の選任において、家庭裁判所は本人の利益のために最も適した人物を選任します。法務省および最高裁判所の公表資料によれば、近年は親族後見人の割合が低下しており、弁護士・司法書士・社会福祉士等の専門職後見人や後見法人が選任されるケースが増加しています。その背景には、後見業務の複雑化や親族による不正流用への対応があります。
後見人への報酬は、家庭裁判所が本人の財産の中から付与額を決定します(民法第862条)。報酬の支払いは本人の財産から行われます。
後見監督人の役割と後見登記の仕組み
法定後見の場合、家庭裁判所は必要に応じて「成年後見監督人」を選任することができます(民法第849条)。後見監督人は後見人の職務を監督し、後見人が欠けた場合に急迫の事情があれば後見人の職務を行い、後見人または本人と利害が相反する場合に本人を代理する役割を持ちます。
任意後見の場合は、後述するように任意後見監督人の選任が必須です。
後見登記は、後見等の開始に関する事項を法務局が管理するコンピュータシステムに記録する制度です。根拠法令は後見登記等に関する法律(平成11年法律第152号、法令ID:411AC0000000152)です。後見が開始されると家庭裁判所の嘱託または当事者の申請によって登記され、後見人等の権限を証明する「登記事項証明書」を取得することができます。登記事項証明書は、後見人が銀行取引や不動産取引を行う際などに必要になります。
後見登記は、法務局の後見登記等情報システムで管理され、本人・後見人等・4親等内の親族・検察官・市区町村長等が証明書を請求できます。逆に言えば、誰でも他人の後見登記を確認できるわけではなく、請求権者が限定されています。成年後見人等の権限を第三者に証明する手段として、実務上重要な役割を担っています。
登記には、後見等の開始審判による登記(法定後見)と、任意後見契約による登記の二種類があります。任意後見契約は公正証書で締結された後、公証人の嘱託によって契約の内容が登記されます。
任意後見契約の締結から発効・監督まで
任意後見は、本人が判断能力を失う前に、自らの意思で将来の後見体制を設計できる点に特徴があります。根拠法令は任意後見契約に関する法律(法令ID:411AC0000000150)です。
任意後見契約は、精神上の障害(認知症・知的障害・精神障害等)により判断能力が不十分になった場合に備え、本人(委任者)が受任者(任意後見受任者)に対し、生活・療養看護・財産管理に関する事務の全部または一部を委任し、その委任にかかる事務について代理権を付与する内容の契約です(任意後見契約法第2条第1号)。この契約は公証人の作成する公正証書によって行わなければなりません(同法第3条)。
契約締結の段階では、まだ効力は生じていません(この段階の受任者を「任意後見受任者」と呼びます)。本人の判断能力が低下した後、本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見受任者が家庭裁判所に対して任意後見監督人の選任を申し立てます(同法第4条)。家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時点で、初めて任意後見契約の効力が生じます(同条第1項)。この時点から「任意後見受任者」は「任意後見人」と呼ばれます。
任意後見監督人は、任意後見人が任意後見契約の内容に従って適切に職務を遂行しているかを監督する役割を担います(同法第7条)。任意後見の場合は、法定後見と異なり監督人の選任が必須とされており、監督なしに任意後見契約の効力が発生することはありません。監督人には、親族ではなく弁護士・司法書士・社会福祉士等の専門職が選任されることが多くなっています。
任意後見の場合、本人が契約の内容を自ら設計できる点(「どの範囲の事務を委任するか」「誰を後見人にするか」)は法定後見にはない利点です。一方で、委任した権限の範囲に限定されるため、想定外の事態への対応には制約があります。法定後見(特に後見類型)と比較すると、取消権が付与されないという点も異なります。
任意後見契約の締結費用(公証役場の費用)の目安は、基本手数料11,000円、登記手数料1,400円、印紙代2,600円とされています。
終身制という現行制度の課題と2026年民法改正案
成年後見制度は2000年の創設以来、認知症高齢者数の増加とともに利用が拡大してきましたが、さまざまな課題が指摘されています。
最大の課題として挙げられてきたのが「終身制」の問題です。現行制度では、法定後見が一度開始されると、本人の判断能力が回復しない限り制度を終了させることができません。遺産分割など特定の目的で利用を開始した後も、その目的が達成された後も制度が継続されます。これが「目的に比べて支援の範囲が広すぎる」「制度をやめられない」という批判につながっています。
また、現行の三類型の区分についても、判断能力の評価の難しさ、類型間の移行の手続きの煩雑さ、包括的な代理権・取消権による本人の自己決定への過剰な制限などが問題とされてきました。
こうした課題を踏まえ、成年後見制度の利用の促進に関する法律(平成28年法律第29号)が2016年に制定され、第一期(平成29〜令和2年度)・第二期(令和4〜令和8年度)の利用促進基本計画が閣議決定されてきました。第二期基本計画では、現行制度の見直しに向けた法制審議会での審議が位置付けられ、民法(成年後見等関係)部会において改正に向けた議論が続けられてきました。
そして2026年4月3日、政府は成年後見制度を抜本的に見直す民法改正案を閣議決定しました(この記事の作成時点:2026年5月27日現在、通常国会に提出され審議中)。改正案の主な内容は次のとおりです(報道・法務省公表資料に基づく)。
三類型の一元化 現行の「後見」「保佐」「補助」の三類型を廃止し、「補助」に一本化します。利用開始には、精神上の障害により判断能力が不十分であること、本人の同意、制度利用の必要性の三条件が求められます。
終身制の廃止と必要な期間だけ利用できる仕組み 改正案では、家庭裁判所が制度利用の必要がなくなったと認めた場合に補助開始の審判を取り消して制度を終了できるよう改められます。また、同意権・代理権等の一部を変更・縮小することも可能になります。
オーダーメード型の支援設計 特定の法律行為(例:遺産分割協議の代理)に限定した支援を設定することが可能になります。日常生活に関する行為は引き続き本人が自由に行える範囲が確保されます。
既存利用者への経過措置 現在後見・保佐を利用している人も、新制度への移行や終了が可能になる経過措置が設けられる予定です。
改正案が成立した場合の施行時期は、一部を除いて公布から2年6か月以内とされており、2028年度中の施行が見込まれています。
現行制度においても、後見人等の権限の範囲、本人の意思の尊重、監督体制の整備などは実務上重要な確認事項です。改正の動向については、法務省・厚生労働省・最高裁判所の公表資料を継続的に参照することが必要です。
参考リンク
この記事では、以下の公式・公的情報を参照しました。