「民法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第33号、以下「改正法」)は、2026年4月1日に施行されました。この改正により、父母が離婚した後の親権制度が大きく変わっています。それまで日本では、父母が離婚した場合の親権は父または母の一方のみに帰属する単独親権が唯一の選択肢でした。改正法は、父母双方を親権者と定める共同親権を新たに導入し、単独親権との選択制を採用しています。
この記事は、離婚後の親権・養育費・親子交流にかかる法的な枠組みを確認したい方を対象としています。改正民法の主要な条文(民法第819条・第824条の2・第766条の3・第308条の2)の内容、共同親権と単独親権の選択の仕組み、DV・虐待が絡む場合の保護規定、共同親権下での親権行使のルール、養育費の法定化と先取特権、親子交流に関する規定の整備、施行前の離婚への影響を整理します。個別の事案における親権・監護の判断や養育費の具体的な算定については、この記事では扱いません。
改正の背景と対象法令(令和6年法律第33号)
「民法等の一部を改正する法律」は、令和6年(2024年)5月17日に成立し、同月24日に公布されました。施行日は公布から2年以内の政令指定とされ、令和7年(2025年)10月に施行日を2026年(令和8年)4月1日とする政令が閣議決定されました(法務省の告知による)。
改正は民法の婚姻・離婚・親権・養育費・財産分与の規定にとどまらず、家事事件手続法や人事訴訟法など複数の法令に及ぶ包括的なものです。法務省民事局が法制審議会への諮問を経て立案した改正であり、「父母の離婚等に直面する子の利益を確保するため、子の養育に関する父母の責務を明確化するとともに、親権・監護、養育費、親子交流、養子縁組、財産分与等に関する民法等の規定を見直す」ことが目的とされています(法務省の資料による)。
改正の主要な柱は次のとおりです。
| 分野 | 主な改正内容 |
|---|---|
| 親権 | 離婚後共同親権の新設(民法819条改正・824条の2新設) |
| 監護 | 監護者指定・親子交流に関する規定の整備(民法766条等) |
| 養育費 | 法定養育費制度の導入(民法766条の3新設)と先取特権の付与(民法308条の2新設) |
| 財産分与 | 請求期間の延長(離婚後2年以内から5年以内へ) |
| 情報開示 | 財産開示に関する手続の整備 |
これらの改正は父母の離婚後の子の養育をめぐる問題への対応として一体的に設計されており、「共同親権」の導入だけで改正の全体像を説明することはできません。
単独親権から共同・単独の選択制へ(民法819条の改正)
改正前の民法第819条は、父母が協議離婚した場合には父母の一方を親権者と定めることを必須としていました(改正前1項)。裁判離婚(および調停・審判)の場合も、家庭裁判所が父母の一方を親権者と定める構造でした(改正前2項)。改正によってこの「単独親権のみ」の制度が変わり、父母双方を親権者とする共同親権が選択肢に加わりました。
協議離婚の場合は、父母の協議によって共同親権(父母双方を親権者とする)または単独親権(父母の一方を親権者とする)を選択することができます。なお、協議離婚の成立要件として、離婚届の提出前に、親権者の定めが整っているか、または家庭裁判所への調停・審判の申立てを行っていることが求められるようになりました(民法765条1項2号)。合意ができないまま離婚届を提出するだけでは受理されない点が、改正前と異なる重要な変化です。
協議が整わない場合や裁判離婚等の場合は、家庭裁判所が子の利益の観点から、共同親権または単独親権を定めます(改正民法819条7項)。この判断においては、「父母と子との関係」「父母間の関係(協力が可能かどうかを含む)」「その他一切の事情」が総合的に考慮されます。従来と根本的に異なる点は、父母双方の合意がなくとも、家庭裁判所が共同親権を定めることができる仕組みになったことです。ただし、DVや虐待が絡む場合には必ず単独親権としなければならない要件が明示されており(次節参照)、その保護規定との組み合わせで制度が構成されています。
改正後は「親権者」「監護者」「親権行使者」という三つの概念を区別することが重要になります。親権者は養育・教育・財産管理の権利義務を持つ者で、父母双方となる場合があります。監護者は日常の世話を担う者として別途定めることができます(任意)。親権行使者は特定の事項について家庭裁判所が一方の親に指定する概念で、父母間の意見対立があった場合の解決手続として新設されています。
家庭裁判所が単独親権を定めなければならない場合
改正民法第819条第7項は、家庭裁判所が必ず単独親権を定めなければならない場合の要件を明示しています。父母の一方から共同親権を求める申立てがあったとしても、以下の要件に該当する場合には家庭裁判所は単独親権を選択しなければなりません。
第一の要件は「父又は母が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるとき」です。子に対する直接の身体的虐待にとどまらず、精神的虐待やネグレクト、子の目の前で行われるDV(面前DV)なども子の心身に害悪を及ぼすおそれとして考慮されます。
第二の要件は「父母が共同して親権を行うことが困難と認められるとき」です。身体的DV(ドメスティック・バイオレンス)だけでなく、精神的DV・モラルハラスメントを含む言動がある場合も、共同で親権を行うことが困難な場合に該当しうることが、法務省のQ&A形式の解説資料で確認されています。
これらの要件は、共同親権の導入に対してDV・虐待被害者保護の観点から設けられたものです。家庭裁判所は、当事者からの申立てや提出された資料だけでなく、家庭裁判所調査官の調査等も通じて実情を把握したうえで判断します。ただし、こうした事情があることの立証・疎明が当事者にとって実際にどの程度可能かは、施行後の実務の積み重ねで明らかになっていくことが見込まれます。
必要的単独親権事由に該当しない場合でも、「父母双方を親権者とすることにより子の利益を害する」と認められるときは、家庭裁判所は単独親権を定めることができます。また一度定まった親権の形態(共同・単独)は固定されるわけではなく、事情の変化があれば家庭裁判所への変更申立てが可能です。
共同親権下での親権行使のルール(民法824条の2)
改正民法第824条の2は、父母双方が親権者とされている場合の親権行使のルールを定める新設規定です。共同親権が定まっている場合に、どのような事項について父母が共同して決定しなければならないか、どのような場合に一方の親が単独で行動できるかが整理されています。
基本原則として、親権は父母が共同して行うものとされています(民法824条の2第1項本文)。子の転居(特に遠隔地への移動)、進学先・学校の変更、重大な医療行為の判断、養子縁組の同意、財産の処分など、子の生活に重大な影響を与える事項については父母が共同して判断することが求められます。
父母の意見が対立した場合、つまり一方の親が他方の同意を得られないまま重要な決定を行おうとする場合については、家庭裁判所に「親権行使者の指定」を申し立てる手続が新設されました。これにより、緊急ではないが重要な事項について父母の合意がとれない場合に、家庭裁判所が一方の親を特定の事項についての親権行使者として指定することで、膠着した状態の打開を図ることができます。
なお、共同親権下でも監護者を別途定めることができます。監護者を定めた場合、監護者は監護に関する日常の行為については共同行使の例外として単独で親権を行使できます。子と同居して日常的な養育を担う親が監護者として定められることが想定されており、実務上は監護者の指定と共同親権の組み合わせが多く見られることが予想されます。
日常の行為と急迫の事情による単独行使(民法824条の2の例外)
共同行使が原則とされている中でも、民法第824条の2第1項には、一方の親が単独で親権を行使できる例外が定められています。この例外規定の理解が、共同親権下での実際の子育てを考えるうえで重要になります。
第一の例外は「監護及び教育に関する日常の行為」です。食事・服装・生活習慣の形成・日常的な習い事・軽微な医療行為など、日常の養育にかかわる行為については、他方の親の同意を必要とせずに一方の親が単独で決定・行動することができます。この例外により、子と同居している親(監護親)は、日常的な養育活動について逐一他方の親と協議する必要はありません。同居していない親も、親子交流などの機会における日常的な養育行為については同様に単独行使ができます。
ただし「日常の行為」の範囲については、施行後の実務の積み重ねによって境界が明確になっていくことが想定されます。入学・転校・退学・転居(特に遠隔地への移動)・重大な手術などの医療行為は「日常の行為」には当たらないものとして整理されており、これらについては共同行使または家庭裁判所の手続が必要とされます。
第二の例外は「子の利益のため急迫の事情があるとき」です。DV被害から子を連れて緊急に避難する場合、子に救急医療が必要な場合など、他方の親の同意を得る時間的余裕がない緊急事態においては、一方の親が単独で行動することができます。この規定は、共同親権下において緊急の場面で対応が遅れることへの懸念に応えるものです。
「日常の行為」と「重要事項」の区別、「急迫の事情」の認定は、個別の事実関係に応じて判断されます。いずれかに該当するかどうかの判断が難しい場合は、家庭裁判所の手続や弁護士等の専門家に確認することが重要です。
親子交流に関する規定の整備(民法766条等)
改正法は、親子交流(離れて暮らす親と子の面会・交流)に関する規定も整備しています。
まず、婚姻中に父母が別居している場合の親子交流について、従来は明確な規定がありませんでしたが、改正により父母の協議で決め、協議が整わない場合は家庭裁判所の調停・審判等で定めることが明確化されました(民法766条改正)。
また、改正法は家庭裁判所が手続の過程で親子交流を試行的に実施することを促進できる仕組みを整備しています。調停や審判の手続が長期化する中でも、子と離れて暮らす親との交流機会が確保されやすくなることを意図したものです。
さらに、子と祖父母など父母以外の親族との交流についても、「子と親族との間に親子のような親しい関係があり、子のために特に必要がある」と認められる場合には、家庭裁判所が親族交流を定めることができるとされました。これは、親族間の交流を正面から制度化した新しい視点です。
親子交流は共同親権とは別の問題ですが、実際の養育の場面では密接に関連します。共同親権が定まっていても、非監護親が現実に子と関わる機会の確保は、親子交流の取り決めによるところが大きくなります。特に高葛藤事案では、親子交流の方法・頻度・場所・連絡手段などの詳細な取り決めが重要です。
養育費の法定化と先取特権(民法766条の3・308条の2)
改正法は、養育費の確保に関しても重要な改正を行っており、法定養育費の新設と先取特権の付与が二つの柱となっています。
新設された民法第766条の3は、法定養育費制度を導入しています。父母が協議離婚し、離婚後に子を監護する親が定まったが養育費の具体的な取り決めがない場合に、監護する親は他方の親に対して毎月2万円の養育費を請求できるとしています(子が複数の場合は子の数に応じた額)。従来は養育費の取り決めがなければ支払請求の根拠が不明確でしたが、改正により法律上の最低額として「法定養育費」が設けられ、取り決めなしの状態でも請求できる根拠が整備されました。
新設された民法第308条の2は、養育費の先取特権を定めています。先取特権は、特定の債権について他の債権者に優先して弁済を受けることができる権利です。養育費に先取特権が付与されることで、確定判決等の債務名義を取得する手続を経ることなく、一定の要件のもとで養育費を支払う義務のある親の財産を差し押さえることができるようになります。従来は養育費の不払いに対して強制執行するために調停・審判・裁判等による債務名義を別途取得する必要があり、それがハードルとなっていましたが、先取特権の付与によって権利の実効性が改善されることが期待されています。
先取特権の具体的な行使手続、対象となる財産の範囲、法定養育費と当事者間で定めた養育費との関係については、施行後の実務の積み重ねによって明らかになっていく部分があります。法務省のQ&A資料や、裁判所・弁護士会等の解説資料で確認することが必要です。
財産分与については、請求期間が離婚後2年以内から5年以内に延長されました。ただし、この延長は施行日(2026年4月1日)以後に離婚した場合から適用されるため、施行前に離婚したケースには従来どおり2年の期間制限が適用されます。財産分与の算定に際して、家事労働・育児分担など各配偶者の寄与分の原則(対等、つまり2分の1ずつ)が明確化されたことも、改正の一部です。
施行前に離婚した場合の取り扱い
2026年4月1日の施行前に離婚が成立している場合、その時点での親権の定め(単独親権)はそのまま継続します。改正法は原則として、施行前の離婚に遡及して適用されません。
ただし、施行後に父母のいずれかが家庭裁判所に対して「親権者変更」の申立てを行うことは可能です。家庭裁判所は子の利益を基準として、単独親権から共同親権への変更(またはその逆)を認めることができます。この際、「改正法が施行された」こと自体は「事情の変更」として変更の根拠にはならないとされています。単独親権から共同親権への変更を求める場合には、共同親権が子の利益にかなうという積極的な事情が必要です(こども家庭庁等の情報による)。
施行前に離婚の手続(協議・調停・審判・裁判)を開始していても、2026年4月1日以後に家庭裁判所が判断を行う場合は、改正後の民法が適用されます。施行日をまたいで手続が進行しているケースでは、どの時点の民法が適用されるかを確認することが重要です。
養育費の法定養育費(民法766条の3)や先取特権(民法308条の2)については、施行前に成立した離婚・合意との関係や経過措置の適用状況が問題になる場合があります。また、財産分与の請求期間延長(2年から5年)も施行前の離婚には及びません。施行前の離婚について、改正法の各規定の適用関係を確認したい場合は、法務省の解説資料を確認したうえで、必要に応じて弁護士等の専門家に相談することを勧めます。
参考リンク
この記事は、以下の公式資料を参照しました。